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広島空港 ~森の中にできた出会いと旅立ちの場~ | |||||||
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![]() 兼保 義之さん (本郷町上北方) 「用倉の森では、まつたけが籠いっぱいにとれていました」 | 平成5年に開港した広島空港は、広島県の空の玄関口として、国内外から多くの人を迎え、送り出しています。また空港周辺には、中央森林公園や三景園など、空港利用者以外にも楽しめる憩いの場もあります。 広島空港は、森林が広がっていた本郷町用倉地区に建設されました。「迷い込んだら出られないかと思うほど、山深い印象がありました。自然の宝庫で、マツタケがとてもたくさんとれていたんですよ」と語るのは、本郷町上北方で生まれ育った兼保義之さん。用倉地区は、戦後開拓団が入植し、その数は徐々に増え、多いときは50戸ほどになりました。遠くは沖縄から移り住む人もいました。「何もないところに家を建て、畑を作り、自給自足で生活することは、大変な苦労だったと思います」と兼保さんは、開拓団の人々の苦労をねぎらいます。 ふもとにある北方小学校へ通うため、子どもたちは長い山道を往復していましたが、昭和26年には待望の用倉分校ができました。地域に密着した小学校で、子どもたちはのびのびと学業に励むことができました。 「遠い学校へ苦労して通っていた子どもたちは、勉強も農作業の手伝いも一生懸命でした。現在は何の不自由もない世の中ですが、その粘り強さを見習いたいですね」と語ってくれました。 |