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三原市立第四中学校 校章の由来
昭和22年、三原市立第三中学校須波分校として開校、途中一度三原市立第四中学校として独立したが、再度分校として位置づけられる。
昭和28年、三原市立第四中学校として独立する。三原市立第三中学校の校章(第1回卒業生、沢山 喜司氏〈故人〉のアイディア)を使用する。
昭和29年三原市立第四中学校としての校章を制定する。(第9回卒業生、児玉弘之氏のアイディアを美術科森保春三先生が図案化される。)
校章は、『中』を三段の波が乗せているデザインである。上段の波は須波を、中段の波は瀬戸内海の波を、下段の波は太平洋の波を表し、知・徳・体を調和させながら学校・家庭・地域が三位一体となり、波に乗って雄躍して欲しいという願いが込められている。
三原市立第四中学校 校歌
作 詞 重 園 贇 雄
作 曲 岡 本 敏 明
一、学びの窓に晴れわたる
山うるわしき筆影の
峰に理想を仰ぎつつ
夢ははばたく若人の
ここに明るき 団欒あり
四中 四中 われらの母校
二、学びの庭に絵とひらく
水脈はるかなる内海の
波に希望の棹さして
ともよ行く手にいま高く
ここに雄々しき 協力あり
四中 四中 われらの母校
三、学びの朝 この夕
ああ たくましく鍛えては
探る真理のひたすらに
郷土の文化を興すもの
ここに輝く 栄光あり
四中 四中 われらの母校
