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三原やっさ祭り

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年7月24日更新

毎年8月の第2日曜日を含む金・土・日の3日間、「三原やっさ祭り」が開催され、中国地方を代表する夏祭りとして約40万人の人出で賑わいます。

やっさ踊りの様子

○「やっさ踊りの由来」

 今から約450年前の永禄10年(1567年)、戦国時代の智将とうたわれた小早川隆景が、瀬戸内の水軍を統率するために、水・陸・交通の要地である備後の国・三原の湾内に浮かぶ小島をつないで海城を築きました。
 やっさ踊りは、この築城を祝って老若男女を問わず三味線・太鼓・笛などを打ちならし、祝酒に酔って思い思いの歌を口ずさみながら踊り出たのがはじまりと言われ、それ以来、大衆のなかに祝いごとは "やっさ"に始まり"やっさ"に終わる習わしになったと伝えられています。
 また、その歌詞は、時代とともに移り変わり、近郷の地唄・はやり唄なども大きく影響し、歌も身なりも変化し、踊り方も型にとらわれることなく、賑やかにはやしをとり入れて踊るようになり、はやしことばが「やっさ、やっさ」と声をかけられるところから、いつしかこの踊りを"やっさ踊り"と呼ぶようになりました。
 全盛を極めて明治のはじめ頃は、子どもが踊りの先頭で白シャツに白鉢巻姿で、日の丸扇子を両手にもって踊り、その後に各組の踊り子が続いたものである。また当時の娘たちはみな三味線がひけたもので、毎年うら盆の3日間は町中を踊りまわり夜が明けるまで賑わっていました。

○「やっさ踊りの特徴」

 足の踊りといわれ、動きのある踊りであるが、きまった踊りの型はなく、はやしのリズムにあわせ、各人各様におもしろく、気やすく踊れるところにあり、三味線、鉦・太鼓・笛・四つ竹など賑やかなはやしと歌声にあわせ、各人思い思いの所作で自由奔放に踊る様は、見ている者もそのおもしろさに我を忘れて踊りたくなるものです。やっさ踊りの様子

三原やっさ踊り解説ビデオ

○「やっさ花火フェスタ

 糸崎沖で打ち上げられる花火のみどころは10種類以上のスターマイン。真夏の夜空に次々と光りの花が咲き乱れ、ロマンティックなひとときを過ごせます。また、近隣では見ることのできない2尺玉の花火も見逃せません。体の芯まで響く"ドォーン" をお楽しみいただけます。

花火フェスタの花火

○「やっさ太鼓」
 三原やっさ祭りが20周年を迎えた1995年、三原の古き良き伝統を継承しながら、三原の独自性を追求するなかで、新しい地域文化を創造することにより、市民総参加のお祭りのさらなる振興の一助として、また地域住民コミュニティー活動の手段として創設されました。
 メインオリジナル曲「やっさ太鼓」は、演奏に合わせてやっさ踊りが踊れるようになっており、子どもから大人まで幅広く演奏できます。

やっさ太鼓の様子

やっさ祭りホームページアドレス