
「神明市」は、430年余の伝統を受け継ぎ、毎年2月の第2日曜日を最終日とする3日間盛大に行われ、全国から数百の露天商が軒を連ね、約20万人の人出で賑わいます。
名物の植木市、だるま市が有名です。
また、この祭りは、特に翁形の歳神を祀り、防災の神である道祖神に因む大市場祭などを総合する形態をそのまま伝承しており、わが国の民俗資料としても貴重な注目すべき祭事と言えましょう。 |
「神明祭」とは、伊勢神宮を祀る祭りのことを言います。
この信仰が全国にひろまったのは、室町末期で、三原もその頃、この地方の港町として栄えつつあり、当時、九つの町組が寄り合って始めたのが祭りの起こりと言われています。毎年2月の第2日曜日を含む前3日間、東町、館町、本町一帯で行われる神明祭りは、往時には旧暦1月14日に、とんどをまき、神棚を飾り、伊勢神宮の弊を観請し、あちらこちらの店先に翁人形やだるまを飾りつけ、東町、館町一帯に数百の露天が立って、身動きならない程の人出で賑わいました。
三原城を築いた小早川隆景は、この祭りを大切なものとし、瓶子一対を寄進し、近郷より繰り出す景気人出の模様を見て、その年の豊凶を考量されたと言われています。
備後地域の春祭りのさきがけとして、その遺風は現在まで、受け継がれています。
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「だるま市」
江戸時代の末頃から、神明市で縁起物として鉢巻きだるまが売られはじめ、別名だるま市」とも言われるようになりました。神明市に集まった人々は家族の数だけだるまを買い求め、その背に一人ひとりの名前を書き入れ神棚に供え、一家円満、開運縁起物として珍重されてきました。
「日本一だるま」
神明市のシンボルになっているだるまは、高さ4.3m廻り(直径)3.5m重さ180kgで設置高は4.5mとなっております。
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「植木市」
三原の神明祭は、古式をそのまま残した行事として近郷近在の人達が、われもわれもとお詣りする「賑やかしの市場祭」として独特の雰囲気をかもし出す面白さがあり、もとは農具、苗木、種子物などが売られたことにより植木市に発展したと思われ、参詣者の楽しみの一つとなっております。
「神明御山」
三原では、伊勢神宮の神霊(分霊)を小正月(旧1月14日)の左義長のときに祀っていました。左義長は、正月に飾った松飾りや注連縄などを集めて焼く行事(とんど)で、この日に神明様の祭りを行ったことから、左義長のためにつくる注連山を「シンメイ」と呼ぶようになったと言われています。
神明御山は、正月4日から作りはじめ背の高い竹(高さ九間)を芯にして、正月飾りに用いた松、山草、藁などを利用して長く巻き立てるよう御山を作り頂天に神弊を立て、竹の枝には日の丸扇を吊り、竹の周りに扇の丸を配しその下に若草の丸、梅の丸、紫の丸を順次つけ、竹を配して神の宿る標山として祭られ、極めて神聖なものとして取り扱われます。
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